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東京地方裁判所 平成8年(ワ)25885号 判決 1998年4月22日

原告

右訴訟代理人弁護士

中野公夫

藤本健子

被告

森平舞台機構株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

神頭正光

被告

兼松トレーディング株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

丹波鑛治

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告森平舞台機構株式会社は、被告兼松トレーディング株式会社に対し、別紙登記目録≪省略≫記載の根抵当権につき、平成七年四月三日元本確定を原因として元本確定登記手続をせよ。

二  被告兼松トレーディング株式会社は、原告に対し、前項の確定登記手続をなした上、別紙物件目録≪省略≫記載の不動産につき、平成七年一一月三〇日代位弁済を原因とする別紙登記目録記載の根抵当権の移転登記手続をせよ。

第二事案の概要

本件は、栄鋼業株式会社(旧商号ミノル工行株式会社、以下「栄鋼業」という。)が被告兼松トレーディング株式会社(以下「被告兼松」という。)に負担していた債務を代位弁済した原告が、被告兼松が別紙物件目録記載の不動産(栄鋼業が所有していたが、後に被告森平舞台機構株式会社(以下「被告森平」という。)に所有権が移転された。以下「本件不動産」という。)に設定を受けていた別紙登記目録記載の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)につき、栄鋼業と被告兼松との間の取引終了による元本確定を理由に、元本確定登記と移転登記を求める事案である。

一  争いのない事実

1  被告兼松(旧商号兼松江商鉄鋼販売株式会社)と栄鋼業は、昭和六〇年八月一二日、被告兼松が栄鋼業に対して、建設資材その他の被告兼松が取り扱う商品を継続的に売り渡すことを内容とする売買基本契約を締結した(以下「本件契約」という。)。

2  栄鋼業は、昭和六二年二月四日、その所有する本件不動産につき、被告兼松を根抵当権者として本件根抵当権を設定し、その設定登記をした。

3  原告は、平成五年一月一〇日、同日現在栄鋼業が被告兼松に負担する左記債務及び将来栄鋼業が被告兼松に負担する左記債務につき、保証限度額を三億円、保証期限を平成八年一月一〇日と定めて連帯保証した。

(一) 売買取引・請負取引・販売委託取引・加工委託取引・保証取引・保証委託取引・寄託取引・消費貸借取引・賃貸借取引・使用貸借取引など被告兼松と栄鋼業間の商取引により発生する一切の債務

(二) 手形債務及び小切手債務

4  栄鋼業は、平成七年四月三日、二回目の手形不渡りを出して取引停止処分を受けた(以下「本件取引停止処分」という)。

5  平成七年四月六日現在の被告兼松の栄鋼業に対する売掛金債権残高は、五三五五万四五七四円であったが、その後、栄鋼業が、右買掛債務のうち、五二四万七三三七円を支払ったので、平成七年九月三〇日現在の被告兼松の栄鋼業に対する売掛債権は、四八三〇万七二三七円になった。

6  原告は、栄鋼業の連帯保証人として、栄鋼業の被告兼松に対する右残債務を支払うこととし、平成七年一一月三〇日、被告兼松に対し、四八三〇万七二三七円全額を支払った(以下「本件代位弁済」という。)。

7  本件不動産は、いずれも、甲府地方法務局平成五年一二月二七日受付第三五九三七号をもって被告森平に所有権移転登記がなされている。

二  争点

1  本件取引停止処分により本件根抵当権の担保すべき元本は確定したか。

(原告の主張)

(一) 本件取引停止処分により、被告兼松と栄鋼業との間の本件契約に基づく取引は終了し、本件根抵当権の元本が確定した。

(二) 被告兼松は、本件根抵当権につき、元本確定登記手続をした上で、原告に対し、本件代位弁済を原因とする移転登記手続をすべきものである。

(三) また、被告兼松は、本件不動産の現所有者である被告森平に対し、本件根抵当権の元本確定登記請求権を有するので、被告森平は、右確定登記の登記義務者として右確定登記手続をなすべき義務がある。

(四) よって、原告は、被告兼松に対しては、右(二)の登記手続を、被告森平に対しては、被告兼松に代位して右(三)の登記手続をなすよう求める。

(被告らの主張―後記(三)ないし(五)、(七)ないし(一〇)は、被告兼松のみの主張、(二)、(六)、(一一)は、被告森平のみの主張)

(一) 本件取引停止処分によっては、本件契約に基づく取引は終了しておらず、本件根抵当権の元本は確定していない。それは、本件代位弁済時においても同様である。その理由は、以下のとおりである。

(二) 原告は、本件契約が締結された昭和六〇年八月一二日当時、栄鋼業の代表取締役であった。原告が栄鋼業を退任したのは、平成七年八月一〇日である。また、原告は、株式会社東洋(旧商号東洋ファクタリング株式会社、以下「東洋」という。)の代表取締役でもあり、東洋は、栄鋼業に多額の貸付をしていた。

(三) 被告兼松は、昭和六二年一〇月七日、C(以下「C」という。)と、同人所有の左記不動産(以下「C担保不動産」という。)について本件根抵当権と共同担保の左記根抵当権設定契約を締結し、その登記を了した(以下「本件共同担保権」という。)。

(1) 不動産

所在 横浜市<以下省略>

地番 <省略>

地目 畑

地積 六六四平方メートル

(2) 根抵当権設定契約

極度額 二億円

債権の範囲

売買取引、請負取引、販売委託取引、加工委託取引、保証委託取引、保証取引、寄託取引、消費貸借取引、使用貸借取引、賃貸借取引により発生する一切の債権、手形債権、小切手債権

債務者 栄鋼業

債権者 被告兼松

(四) 平成五年一月一〇日、原告、C、D(以下「D」という。)は、栄鋼業の被告兼松に対する左記債務について、保証限度額三億円、保証期限平成八年一月一〇日の連帯保証をした。

保証する債務の表示

栄鋼業が被告兼松に対し、現在負担し、及び将来負担する次の債務

売買取引、請負取引、販売委託取引、加工委託取引、保証取引、保証委託取引、寄託取引、消費貸借取引、賃貸借取引、使用貸借取引など被告兼松と栄鋼業の間の商取引より発生する一切の債務、手形債務、小切手債務

(五) 被告兼松は、昭和六〇年八月以降、栄鋼業と継続して取引をしたが、栄鋼業の経営状態は、平成五年ころ以降必ずしも良好でなく、平成五年一一月ころには、取引代金の支払に支障が生じるようになり、被告兼松以外の第三者に対しても多額の債務が累積し、平成五年一二月には、栄鋼業の事業所であり、被告兼松が本件根抵当権を設定している本件不動産を被告森平に売却した。このような状況のため、被告兼松は、栄鋼業との取引を縮小し、平成六年七月以降、取引を一時中断した。

(六) 被告森平及び関連会社の新森平工業株式会社(以下「新森平」という。)は、被告森平が本件不動産を買い受けたころから、栄鋼業を支援しており、本件取引停止後も、新森平は、栄鋼業に対し、①平成七年六月三〇日に一億三五〇〇万円、②同年七月一〇日に一五〇〇万円、③同年八月二五日に三〇〇〇万円、④同年八月三一日に二五〇〇万円、⑤同年九月二八日に一二〇〇万円を運転資金として貸し付けた。また、栄鋼業が注文を受ける場合も、新森平を経由することにより、本来なら請け負った工事が完成してからでなければ受領できない代金を、新森平から前受金として完成前に支払を受けるという形で支援がなされ、その金額は、平成八年三月三一日時点で一億二一二四万円、平成九年三月三一日時点で一億九三四一万円である。

その結果、栄鋼業は、本件取引停止後も営業を継続しており、売上高は、平成八年三月三一日決算において、四億五七一五万一〇三七円、平成九年三月三一日決算において、一〇億八八七八万一三九三円となっている。

(七) 栄鋼業は、被告兼松に対し、平成五年一一月ころ以降、被告兼松に対し、債務について支払の猶予を求め、毎月、未払債務に対する年五分の割合の損害金を支払った。栄鋼業は、本件取引停止後も、被告兼松に対して、毎月損害金を支払いながら事業を継続し、平成七年八月には機構を改め、商号も、従来の「ミノル工業株式会社」から「栄鋼業株式会社」と変更した上で、被告兼松に対して個別契約による取引を再開したい旨申し入れてきたが、このときは、被告兼松は、債務の弁済が進んでいないのでこの申し出には応じなかった。

(八) Cは、横浜市<以下省略>に、C担保不動産を含む約八六〇〇平方メートルの一団の土地を所有し(以下「C所有地」という。)、これを栄鋼業の債務の担保に提供し、巨額の債務の担保権を設定していた。そして、平成六年夏以降、栄鋼業から、これらの土地を他に売却する計画が進行し、被告兼松がC担保不動産に有する本件共同担保権を解消する必要が生じた。そこで、平成七年春ころ、栄鋼業及び原告が代表取締役を務める東洋から、栄鋼業が被告兼松に対して負担している債務を弁済する予定であるので、そのときは本件共同担保権を解消して欲しい旨の申し出があった。

東洋がこのような申し出をしたのは、東洋は、C所有地を担保として栄鋼業に対する債権を有しており、右土地の処分について利害関係を有しているためであった。

(九) 平成七年一一月二〇日ころ、東洋から被告兼松に対し、原告が栄鋼業の債務を代位弁済する旨の通知があった。そして、その代位弁済に基づき、原告は被告兼松が有する本件根抵当権を代位取得するものであるとの意向が示された。これに対し、被告兼松は、被告兼松と栄鋼業との間の取引は終了しておらず、本件根抵当権の元本は確定していないので、原告が代位弁済しても、本件根抵当権に代位することはできない旨回答した。

このような状況において、原告は、平成七年一一月三〇日、被告兼松に対し、栄鋼業の債務を弁済し(本件代位弁済)、被告兼松は、右の弁済を受けるのと引き換えに、C担保不動産に対する本件共同担保権を放棄した。

(一〇) 本件取引停止後も、栄鋼業と被告兼松との間の本件契約は存続しており、個別契約による取引が中断していた状況であり、したがって、本件根抵当権の元本は、本件取引停止により確定はしていなかったものである。被告兼松は、原告に対して保証債務の弁済を求めたことはなく、原告は、被告兼松の説明にも拘わらず、C所有地の売却の必要のために栄鋼業の債務の代位弁済をしたものである。

(一一) 栄鋼業は、前記のとおり、新森平を経由するような形で営業を継続していたが、資金繰りを楽にするために、注文を受けるに際しては、資材の給付を受けるような形の仕事を受注せざるを得なくなり、その結果、被告兼松から資材を購入することがなくなった。これは、原告が本件代位弁済をした後、資金繰りの関係でそのようになったものであり、原告の代位弁済時に確定していた方針ではなかった。そして、平成八年一二月二〇日、栄鋼業は、資金繰りの関係から、他から資材を購入して業務を行うことでは再建できないと判断し、被告兼松との間の本件契約を解約した。

2  本件代位弁済による求償権の放棄があったか。

(被告森平の主張)

(一) 平成七年七月、栄鋼業は、東洋との間の貸借関係を整理すべく確認書を交わし、次のとおり合意した。

(1) 栄鋼業の四八三〇万七二三七円については、C所有地の売却時に、東洋が抹消する。

(2) 栄鋼業は、C所有地に設定済みの権利者日本国土開発株式会社の抹消書類を右土地の売却日の前々日までに取り揃えて東洋に渡す。

(3) 東洋と栄鋼業との金銭消費貸借契約に基づく九八〇〇万円の返済については、東洋は、一年間の返還猶予期間を栄鋼業に与え、栄鋼業は、一年後から業況に応じて返済額を東洋に支払う。

(二) これは、東洋が栄鋼業の再建に協力しようという趣旨のもので、栄鋼業の被告兼松に対する債務を、C所有地を売却するに際して東洋が支払うこと、及びC所有地には、栄鋼業を債務者とする東洋の二五億円の抵当権が設定されているが、C所有地を他に売却してその代金を東洋の返済に充て、栄鋼業の債務を九八〇〇万円に限定するとの合意がある。すなわち、本件代位弁済による求償を予定せず、求償権を放棄する合意である。

(三) 原告は、栄鋼業の代表取締役、取締役であったものであり、かつ、東洋の代表取締役であり、栄鋼業が東洋から高利で多額の借り入れを行うについては、その原因も含めて責任を負うものである。また、関係当事者間では、原告が栄鋼業と東洋に深く関わっていたので、栄鋼業と東洋に関わる関係について、原告がまったく別個独立した立場であったという認識はなく、書類上は、栄鋼業と東洋の両者間の取り決めであっても、原告も当事者の一人であったと了解されていた。したがって、前記合意は、原告も拘束するものであり、原告は、その合意に基づいて本件代位弁済をなしたものである。

(原告の主張)

被告森平の主張は争う。原告は、栄鋼業の代表取締役、取締役であったことはあるが、これを辞任する際、以後は栄鋼業といかなる関わり合いもないことを互いに確認して辞任している。

第三争点に対する判断

一  本件取引停止処分により本件根抵当権の担保すべき元本が確定したか否かについて

1  ≪証拠省略≫、証人E、同F、同Gの各証言によれば、被告らの主張(一)ないし(一一)の事実がすべて認められるほか、①原告が栄鋼業の代表取締役を辞任したのは、平成五年一〇月一三日であり、栄鋼業の取締役を辞任したのは、平成七年八月一〇日であること、②Dは、栄鋼業の設立時から現在に至るまでの代表取締役であり、原告は、東洋が栄鋼業に資金援助(融資)をしていたことからDとともに栄鋼業の代表取締役となっていたものであること、③Cは、Dの妻の父親であること、④東洋は、原告が栄鋼業の代表取締役を辞任する平成五年秋ころまで栄鋼業に対して資金援助(融資)をしていたが、その後は、栄鋼業は、被告森平の協力のもとで営業を行うことになり、同年一二月、被告森平が本件不動産を購入し、以後、現在に至るまで、栄鋼業に対して資金援助をしていること、⑤栄鋼業の債権者は、被告森平が栄鋼業に対して資金援助していることを知っていて、本件取引停止処分後も、債権者が栄鋼業に押し掛けるとか、債権者集会が開かれるということもなく、本件取引停止処分前と同様に栄鋼業の事業が継続されたこと、⑥被告兼松としては、C担保不動産を含むC所有地が売却され、被告兼松が本件共同担保権者として、その売却代金から栄鋼業の債務の弁済を受け、被告森平が被告兼松と栄鋼業との取引について栄鋼業の保証人になってくれれば、すぐにでも取引を再開してもよいと考えていたので、原告からの代位弁済の申し入れには消極であり、また、原告に対して、代位弁済をしても栄鋼業と被告兼松との間の取引は終了していないので、本件根抵当権の元本は確定しておらず、本件根抵当権は代位弁済によっては原告に移転しない旨説明したが、原告は、東洋が担保権を有しているC所有地の処分の必要から本件代位弁済をしたものであること、⑦被告兼松と栄鋼業との取引は、結局、栄鋼業の事業形態が従前と異なることになり、被告森平が保証して被告兼松との取引を継続することに意味がなくなったため、平成八年一二月二〇日、栄鋼業から被告兼松に対する本件契約を解約する旨の通知により、本件契約は終了したこと、以上の事実も求められる。

2  右事実によれば、確かに本件取引停止処分時から本件契約の解約までの間、結果として、栄鋼業と被告兼松との取引が再開されることはなかったけれども、栄鋼業も被告兼松も、本件取引停止によって本件契約に基づく取引を終了させる意思はまったくなく、条件が整えば、本件根抵当権によって取引を再開するつもりであり、原告もそのことを十分に知っていたのであるから、本件取引停止処分によって本件根抵当権の元本が確定し、本件契約に基づく取引再開の余地がなくなったものと解することはできず、結局、本件根抵当権は、前記解約の通知により元本が確定したものというべきである。

二  よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 福田剛久)

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